【新日本プロレス 振り返りNo.2】
前回書いてみたら意外と忘れている事や知らなかった事もあり、ご意見をくださった方も喜んでくれたようなのでまたやります!
今回はCHAOSの矢野通選手。
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2007.8.6 ツインメッセ静岡
△ 棚橋弘至 | vs | △ 矢野通 |
G1クライマックス2007のBブロック公式戦、場外戦で矢野選手のペースに引きずり込まれ、両者リングアウトで引き分けに終わった試合後のコメント。
“”矢野 オイ、計算通りだ、バカ野郎! 終わった後、アイツが1人で怒ってきたら、それが全てだよ! 俺は計算通りだ。分かったか! これから見ときゃいいんだよ! 3つ(勝ちを)取って、決勝上がるんだ! 俺はなぁ、経済学部出身なんだよ! 計算はお手のものだ、バカタレが!””
実は矢野選手は日本大学経済学部卒。
谷津嘉章さん、本田多聞選手、藤田和之さん、岡倫之選手、橋本千紘選手らと同じく、日大レスリング部出身のプロレスラーの一人。
学生時代はレスリングとお酒の日々だったが、その時の経験や人脈があったから、スポーツバーのエーブリエタース(EBRIETAS)のオープンに至ったのかもしれませんね。
当時の矢野選手はGBHに加入、ヒールユニットの一員として悪の限りを尽くしていた。
身体の色も黒い、「Y・T・R」もやらない、今現在の矢野選手とはまったく違う姿。
ただ、この試合は計算通りだとコメントしていた矢野選手ですが、2007年のG1クライマックスは最終的に棚橋弘至選手が優勝。
実は計算ミスだったというオチで今回は終了。
シリーズの合間はこういう記事を増やしていこうと思いますので、是非またご覧になってください。
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