内藤哲也が14年間抱き続けた夢が破れた日【2012.6.6】

新日本プロレス・振り返りNo.150

今回は2012年6月6日の内藤哲也選手!

内藤哲也選手は中学3年生の頃に3つの目標を立てました。

1:新日本プロレスのレスラーになる
2:20代でIWGPヘビー級王座のベルトを巻く
3:東京ドームのメインイベントに立つ

そして2012年5月27日、6月22日生まれの内藤哲也選手(当時29歳)は20代でIWGPヘビー級王座のベルトを巻くという目標のため、なりふり構わずに行動に出ました。

すでに翌月6月16日にオカダ・カズチカ選手と棚橋弘至選手によるIWGPヘビー級王座戦が正式決定したにもかかわらず、強引に王座挑戦を要求。

ここで内藤がリングに入り、「新日本プロレスがなんと言おうと、チャンピオン・オカダがなんと言おうと、次の挑戦者に決まった棚橋、お前になにを言われても、俺の気持ちは変わらない!誰になにを言われても、俺の夢(20代でIWGP戴冠)は変わらない。6月16日、大阪のメインに立つのは俺だ!棚橋、お前には譲らない!大阪のメインは俺だ!」とマイクアピール。さらに、棚橋を至近距離で睨みつけた。(引用:新日本プロレス公式サイト

さらに6月5日、今度はタイトルマッチまでにオカダ・カズチカ選手から勝利を奪ったら、棚橋弘至選手との挑戦者決定戦というチャンスを与えるように要求。

6月16日の挑戦権、まだ諦めてねぇからな!」と宣言すると、「今シリーズ、今シリーズだ!俺がオカダから、直接ピンフォール、ギブアップを獲ったら!『挑戦権、譲れ』とは言わねぇよ。ただし!ただし!1対1で挑戦者決定戦。どうだ?自信あるんだろ、棚橋?ベルト取り戻せる自信あるんだろ? これぐらいの条件、飲めるよな?どうだ?棚橋!」と仰天プランをブチあげた。
これに対して棚橋は、「挑戦者決定戦!?俺がやると思うか?……やってやるよ、コノヤロー!!」と返答。IWGP王座をめぐる闘いは、意外な方向へ展開した。(引用:新日本プロレス公式サイト

こうして迎えた翌日6日、内藤哲也選手は8人タッグマッチでオカダ・カズチカ選手と対戦しました。

8人タッグマッチ


棚橋弘至
 

 

vs

〇 オカダ・
カズチカ
レインメーカー
後藤洋央紀中邑真輔
× 内藤哲也YOSHI-
HASHI
タマ・トンガ石井智宏

内藤哲也選手は執拗にオカダ・カズチカ選手を狙うも、最後はオカダ・カズチカ選手がレインメーカーで勝利!

オカダ・カズチカ選手から勝利を奪うどころか、逆にピンフォールを奪われてしまった内藤哲也選手。

この敗北により、内藤哲也選手が15歳の頃から14年間も夢見てきた20代でのIWGPヘビー級王座戴冠の夢は完全に打ち砕かれてしまいました。


試合後、セコンドの外道がリングに上がり、「オイ!いっちょ上がりだよ!自称エース(棚橋)がだらしないからよ、本物のエース(オカダ)が黙らせてやったぞ。感謝しろよ、コノヤロー!(※内藤に対し)オイ、サル!!テメー、2度と口開くな、コノヤロー!!(※棚橋に対し)次はテメーだよ、コノヤロー!オメーは、本物には絶対勝てねぇ!大阪で完璧に終わらせてやるよ!『 DOMINION (6.16)』によ、カネの雨が降るぞ!!」とマイクアピールした。
(中略)
棚橋「ハァ……。プロレスっていうのは、ホントに残酷だなって。今日、あらためて感じて……。ただ、今回の挑戦者をめぐる内藤の姿勢。向かっていく中での、失敗。それは、何もしない失敗と全然違うから。だから、俺は内藤のことがキライになれないっていうか。ただ、プロレスっていうのは、ホントに楽しんでもらって、喜びを表現して。その一方、残酷なんだなって。ただ!そういう想いも全部振り切って、俺は大阪に行きます!」(引用:新日本プロレス公式サイト

内藤哲也選手はどんなに往生際が悪くても、、最後まで諦めずに必死に闘い続けました。

それでも目標に届かない、夢が打ち砕かれる瞬間さえもリングで見せなければならい、プロレスっていうのはホントに残酷な一面を持ち合わせている。

そして夢が破れた内藤哲也選手は、ここからさらにどん底に落ちていく…

関連:新日本プロレス振り返りまとめ(2007.6~)

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