鷹木信悟のL・I・J加入の経緯【新日本プロレス・2018年10月】

新日本プロレス・鷹木信悟選手がロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンに加入するまでの過程をご紹介。

2018年10月8日、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの新メンバーXとして鷹木信悟選手がロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンに加入。

関連:鷹木信悟がロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン加入!【新日本プロレス・2018年10月】

今週の週刊プロレス No.1981で、鷹木信悟選手が9月6日にドラゴンゲート卒業を発表してから新日本プロレス参戦に至るまでの経緯を説明。

―BUSHI選手としてもデビュー前から知っている存在とはいえ、いざ鷹木信悟選手がロス・インゴに加入すると聞いたときはどう思われましたか?
BUSHI (ヒロム以外の)みんなで集まったときに、内藤から”鷹木、どう?”って言われて。最初は”えっ!?”って感じでしたね。5人(体制)でちょうどいいというか、2年ぐらい新しく入ってくることもなかったので、たぶんみんな拒絶反応はあったと思うんですよ。でも、内藤の言う、一歩踏み出す勇気が大事なんじゃないの?っていうので、オレは納得しましたけどね。
―最終的にはほかのメンバーも納得の上で、鷹木選手を迎え入れることになったと。
BUSHI そうですね。
―鷹木選手は、内藤選手からいつぐらいに今回の話があったんですか?
鷹木 9月6日以降ですね。
―退団会見以降だと。内藤選手から直接、話があったわけですか?
鷹木 内藤から直に(連絡があった)。
(中略)
いまだから言えるけど、いろいろと年末に向けてちょこちょこ(ほかの団体で)決まりかけていたような話もあったし、海外からも誘いはあったよ。(9月)6日のあとにずっとメール、電話が来たりしたけど、でもオレのなかで10月7日が終わるまでは、フリーになるまではあまりいろいろな話をする気はなかった。でも、珍しく内藤が連絡をくれて。オレが連絡しても10回に一回ぐらいしかつながらないのに(苦笑)、でもその内藤から連絡が来たら、これはちょっと違うなと。連絡が来たことじたいが驚いたから。(引用:週刊プロレス No.1981)

鷹木信悟選手のフリー転向を知り、内藤哲也選手が自らロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンに勧誘。

BUSHI選手のOTT(10月13日)欠場が発表されたのが9月17日なので、急ピッチで話が進んでいったようです。

様々な可能性を捨ててでも、新日本プロレスで闘う覚悟を決めた鷹木信悟選手の今後に大いに期待!

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