ジュース・ロビンソンの新日本プロレス参戦のキッカケとなった人物【新日本プロレス・2018年6月】

新日本プロレスのジュース・ロビンソン選手が新日本プロレス参戦のキッカケをご紹介。

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2018年7月7日、ジュース・ロビンソン選手はG1スペシャル in サンフランシスコでIWGP USヘビー級王座に挑戦。

関連:新日本プロレス・2018.7.7・G1スペシャル IN サンフランシスコの全対戦カード決定!

アメリカでのビッグマッチに向けて、UPROXX のインタビューでタイトルマッチへの意気込みを語りました。

そのなかで、あまり知られていない新日本プロレス参戦の経緯を明かしました。

―新日本プロレス参戦の経緯
確かFCWからNXTに変わった頃、マット・ブルーム(ジャイアント・バーナード)がやって来た。彼は選手のキャリアが終わりに差し掛かり、NXTのコメンテーターに移行していて、よく一緒にいた。彼はCJパーカー(ジュースのWWE時代のリングネーム)のキャラクターのファンで、カッコイイと思っていてくれたから、友人になったんだ。彼は、俺がずっと不満を抱いていること知って、助言をくれたり、ポジティブでいるように助けてくれて、(NXTの)コーチになったんだ。そして不満が溜まり続けたある時、彼に『もうこれ以上ここにいるつもりはない。耐えられない。ここを辞める』と言うと、『もしここを去るなら、新日本プロレスに見てもらおうか』と言われた。
俺は『新日本プロレス?新日本プロレスで働くなんて無理だよ』と言った、その時は無理だと思っていたから。ちょうどその頃にレッスルキングダム9(2014年)を見た、棚橋やオカダ、中邑をね。それから熱中し始めて、G1を見たんだ。AJが大きな役割を担っていた、それにチャド(カール・アンダーソン)も。そして数年前に戻ってケニー・オメガと飯伏の武道館の試合を見たら、『そんなに違いはないじゃないか。もっとレスリングをして、もっとトークを減らす、俺がWWEがこうだったらなと望んでいたものだ。おしゃべりを減らして、馬鹿げたことも減らす。もっとリングの中でストーリーを伝える。もっとクラッシックなプロレス、というか、これこそスポーツエンターテインメントだ』と思った。
そして気持ちが燃え上がっていた頃、幸運なことに、確かレッスルマニア31でベイエリアにいた時、藤波(辰爾)の殿堂入りの時、そこにタイガー服部と菅林(直樹)会長がいたんだ。マットに俺はもう辞めると伝えていたから、(バロン・コービンとの対戦で)自分をミスターレッスルマニアアクセスや Tune up the band! と言って、ショーン・マイケルズみたいに振舞ってバカみたいに羽目を外していた。そしたらファーガル、つまりフィン・ベイラー(プリンス・デヴィット)とマット・ブルームが『服部、コイツを日本に連れてってくれ。良いヤツだから。レスリングも大好きだし…』みたいことを言ってくれたんだ。そうしたら数カ月後に俺は道場に入門した、全てが素早くスムーズに進んでいったよ。

ジュース・ロビンソン選手がWWEを自主退団したことは有名ですが、その裏側で色々な人物との出会いがあったんですね。

それからニックネームのフランボーヤント(flamboyant)は、ジュース・ロビンソン選手ではなく会社の決定だそうです。

またG1クライマックス28のAブロックで対戦する選手についても言及。

良いブロックに入ったと思う、このブロックで良かったよ。本当に対戦が楽しみな二人は石井と飯伏、ただシングルが初めてだからというだけじゃなくて…飯伏との試合は後楽園だよね、きっと緊張するだろうな。彼にしっかりとついていかないと。その日はたくさんコーヒーを飲まないと。それから矢野と対戦するのも楽しみだ、なんでだろうな、何が起きるか分からないからかな。

左手第五中手骨骨折という厳しい状況ではありますが、フランボーヤントらしく明るく華やかに闘い抜いてもらいたいと思います!

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